「人に罰則」「コロナと共存」では終息遮る

 新型コロナウイルスと戦わなくてはならない。ところが「ウィズコロナ(コロナと共存)」、つまり見えないコロナとは共存することが、財界と政府の基本方針だ。そして、姿の見える「人に罰則」を加える考えだ。「コロナと共存」と言えば、コロナは感染を遠慮するのか。「罰則」は、コロナ対策失敗の責任転嫁でしかない。

 菅政権は、営業時短に従わなかったり、入院や行動暦調査などの拒否に罰金・懲役の刑事罰を科す考えだ。日本医学会連合会は、感染の制御は国民の理解と協力が肝心であると罰則を振りかざすことに反対している。罰則は、国民に分断と対立を持ち込むことになる。国民が求めているのは、コロナ禍がいつまで続くのか、いつ終息するのか、終息の出口に向かってすすんでいるのか、どうかである。

終息が、見えるようになるのは、コロナに対する抗体をみんなが持つことで、感染するか、ワクチンでしか解決しない。だから今、大事なことは、感染させない、感染者・無症状者を発見することだ。それを、政府の揺るがぬ政策として貫徹できないところに問題がある。

 なぜできないのか。問題解決能力が欠如する菅内閣と言ってしまえば簡単だ。だが、この1年あまりの教訓は、「コロナと共存」では解決しないことが、はっきりした。「経済を回す」どころか、中小企業・業者の存続を危うくしている。コロナ終息には、対策の「小出し」、「ウヤムヤ」や「神頼み」などでもない。

 菅政権のやっていることは、暗闇から抜け出せない長いトンネルのようなものだ。そこへ罰則は、トンネルの出口を塞ぐことになりかねない。「人に罰則」「コロナと共存」ではコロナ禍の終息を遮るだけである。

 人の命と営業がかかっている。コロナと戦う姿勢を明確に、いま最大の問題は無症状コロナ感染者で、広島市のように無料でPCR検査の面的な徹底だ。病院の受け入れ体制確保のために経営支援。人の流れを制限すること。そのための休業・休職の補償を厚くすることである。これらを科学的にハッキリさせて国民に理解と協力を求めることではないのか。
《新型コロナウイルス対策⑦》

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